FORT STORY-1

1. テニスボールの構成と機能を知ろう

みなさんがいつも何気なく使うボールですが、あなたはどのくらいテニスボールのことを知っていますか?一見、同じようにしか見えないボールですが、じつはけっこう違いがあるんです。

ここではまず、テニスボールの基本的なことを話しましょう。

テニスボールには、ゴム球の弾力性だけで反発力を発生させる「ノンプレッシャーボール」と、ゴム球の弾力性+ゴム球内の内圧で反発性を賄う「プレシャーライズドボール」があります。みなさんが一般的に使われるのは「プレッシャーライズドボール」で、市販されるボールの多くがこのタイプであり、【ダンロップフォート】は、こうしたタイプの代表です。

「ノンプレッシャーボール」「プレシャーライズドボール」

今回は「プレッシャーライズドボール」に絞って話します(以下、テニスボールと表記)。

テニスボールを構成する素材的要素は、大きく分けて2つ。内部に隠れて見えない「コアボール」と、その外側を覆う「フェルト」(メルトンとも言います)で、公式大会で使用されるのは「白色か黄色」と定められています。

「コアボール」「フェルト」

コアボールの中には大気圧よりも高い圧力の空気やガスが封入され、コアボール内に「内圧」を発生させて、それが圧縮→復元する力で反発力を発揮させます。サッカー、バレーボール、バスケットボール、ハンドボールなどの球技で用いられるボールも、同じタイプですが、テニスボールはコアボール自体にも弾力性があるので、二重の反発要素を持つことが特徴です。

「コアボール」「フェルト」

2. 製造方法って、みんな同じじゃないんだ……!?

さて、コアボール内に閉じ込められているのは「空気 or ガス」と記しましたが、これは「製造工程」によって生まれる違いです。まず説明するのが【ダンロップフォート】が昔から変わらず採用している、ガス内圧発生式の「ケミカルインフレーション」です。

テニスボールを製造する際には、半球状のゴム製「ハーフシェル」を作り、それを2つ貼り合わせますが、これはすべて同じです。違いは「内圧を発生させる仕組み」で、ケミカルインフレーションでは、コアボールを貼り合わせるとき、内部に亜硝酸ナトリウムと塩化アンモニウムの溶液を入れ、接着剤で貼り合わせます。そしてそれを加熱し、コアボール内部で化学反応を起こさせ、少量の塩と水、そして窒素ガス(有機ガス)を発生させ、その「ガス圧で内圧を得る」方法です。【ダンロップフォート】はこの製法を貫き通しています。

ケミカルインフレーション

そしてもう一つが「エアインフレーション」という製法で、これにはボール内での化学反応を用いず、ボール内に閉じ込めたい気圧に保った「チェンバー(英語:chamber)」内でコアボールを貼り合わせることで、ボール内に内圧を閉じ込める製造法です。

エアインフレーション

使う側の我々として気になるのは「どっちがいいの?」ということですが、問題は「製法」ではなくて「精度」なのです。どちらの製法にも、それぞれのメリットがあります(これについては『FORT STORY-2 Advance』で詳述します)。製造工程上のメリット、品質上のメリット、いろんな都合がありますが、どちらの製法が優れているかではなく、「どれくらい高い精度を保つことができるか」であって、ダンロップは、その精度コントロールを最重要に考え、細心の配慮で高品質を維持しています。それが「ダンロップの自信」であり、「ユーザーにとっての信頼感」なのです。

3. ボールの機能は「構造」によって分担されている

ここで話を元に戻しましょう。最初に「テニスボールはコアボールとフェルトで構成される」と話しました。コアボールは反発性を担いますが、外側のフェルトにはどんな役割があるのでしょう?

数あるボールスポーツの中でも、表にフェルトを貼ったボールを使うのは「テニスだけ」ですが、「どうしてテニスボールはモジャモジャなの?」という不思議は、誰しも一度は感じたことがあるでしょう。でもじつは、あれがとても重要な役割を果たしているのです。

どうしてテニスボールはモジャモジャなの?

まず、フェルトの毛がちぎれてツルツルになってしまったボールを打ったことがある方ならご存知と思いますが、「真っ直ぐに飛びません」。サッカーの「無回転シュート」のように、ツルツルボールではフラフラと不規則な弾道になってしまいます。空気との適度な抵抗感があるからこそ、打球はブレずに安定して飛ぶのです。

ツルツルボール

近年はほとんどのプレーヤーが「スピン」がかかることを期待しますが、あのスピンによる安定性も、フェルトがあるからこそ生まれるのです。回転によって打球の上下に空気の流れの差異が発生し、ボールを押し下げようとする力が生まれます。打ち出した直後は打球の推進力がそれに優り、直線的に飛ぶのですが、推進力が低下すると、押し下げようとする力が勝って、ベースラインの手前でストンと落ちてくれるようになります。ラケットフレームの反発性能が劇的に進化した現代では、パワーヒッターにとって絶対不可欠なトップスピンは、あのフェルトのおかげで成り立ているわけです。

スピンによる安定性

そしてその「安定」ですが、これはもう一つの機能のキーワードにもなっています。フェルトは打球を重ねるごとに少しずつ、繊維がちぎれて飛び散ります。素人考えでは「あれがちぎれるからボール寿命が短くなるんじゃないかぁ!ちぎれないフェルトってできないの?」となるわけですが、「ちぎれるからイイ」んです。

もし、まるでフェルトがちぎれないテニスボールを使うと、フェルトはどんどん毛羽立ち、しまいにはソフトボールのように肥大化します(ちょっとオーバーですけど……)。そんなボールを打っても、スピードは出ないし、スピンの回転数も上がりません。わざとちぎれるように作ってあるから、適度な毛羽立ちが保たれ、長い間、最適なボールの大きさでプレーすることができるのです。

フェルトがちぎれないテニスボール

【ダンロップフォート】(セントジェームスにも)には、ウールとナイロンの混紡で織られたフェルトが使われています。近年、一部のボールには「ニードルパンチ」と呼ばれる不織フェルトが用いられ、毛羽立ちが少なく、コスト的にも安く抑えることができます。そのかわり、織物フェルトのような衝撃吸収性には劣るため、マイルドな打球感は薄れてしまいます。この「マイルドさ」こそ、【ダンロップフォート】が日本全国のテニスコートで愛され続けてきた根幹であり、これを越えられたボールは未だに現われていないのです(筆者個人の見解です 笑)。

こうして【ダンロップフォート】は、打球弾道の安定性・ボール形状の安定性・マイルドな打球感の安定性を追求し続けられてきたことから『ブレないボール』という評判を勝ち取ったのです。

4. 60年間、フォートは「変わらない」ために変わってきた

では、いまだに60年前の作り方をしているのでしょうか?それではただの旧式ボールじゃないですか!

そこでダンロップでテニスボールの企画・製造管理に携わってきた丹羽邦夫氏に訊いてみました。

筆者:
フォートは60歳を迎えたわけですが、昔のままでやってます……ってことですか?それとも「じつは新しくなってます」ということで、ユーザーがわからないだけなんですか?

丹羽:
私は先輩たちから「愛されることを裏切ってはならない」と教えられてきました。フォートの場合には「つねに変わらない」ことでしたが、変わっていけないのは「使っていただいての結果」であって、素材も製法も昔のままでやっているということではありません。結果を変えずにより良い素材があればそれを選びますし、精密で均質性を向上する製法があれば転換してきました。

フォートの場合には『つねに変わらない』

筆者:
変えたことで、本当に結果は変わらなかったのですか?

丹羽:
ケミカルインフレーション製法は守っていますが、かつてはコアボールの中に錠剤を入れてガスを発生させていたのを、現在では液体に変更して、より微量なコントロールができるようにして、精密な圧力調整を導き出せるようになっています。またフェルトに関しても、つねに世界の素材を検討し続け、良い素材と出会うことができれば、取り寄せて試し、それが優れていると結論付けられたならば、思い切って変更に踏み切ります。

筆者:
それじゃ、旧いんじゃなくて、進化してるじゃないですか。それなのに値段は昔よりもはるかに安くなっている……。いろんなものを簡略化したとか品質を下げていると勘ぐってしまいますね。

丹羽:
【ダンロップフォート】は、たしかに進化しています。でも、コートの上ではつねに「同じ結果」を感じてもらうこと、「同じ性能」と喜んでもらえるものを提供し続け、物性値のバラツキをつねに低減し続けていることが、我々が60年間一貫して保ってきた矜持です。そしてその均質性を向上する技術は、他機種ボールにも展開しています。

筆者:
そうですか!では次回は、もう少し掘り下げた話を伺わせてください。

……『FORT STORY-2 Advance』につづく

松尾高司
松尾高司氏

おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー。
「厚ラケ」「黄金スペック」の命名者でもある。
テニスアイテムを評価し記事などを書くとともに、
商品開発やさまざまな企画に携わってきたプロフェッショナル。