FORT STORY-2【Advance】

1. ほんのわずかな違いが、大きな結果の差になる

テニス道具の中で、もっとも厳しい規定で縛られているのがテニスボールです。テニスラケットでは「長さ」「フェイスの大きさ」「ストリングパターン」くらいしか縛りがなく、フレーム厚も重量も自由。ストリング自体には、まったく規定がありません。

ラケットの規定

それなのにボールだけは、「大きさ(直径)」「重さ」「バウンド率」「変形量」など、あの小さい球体にたくさんの規定が詰め込まれているのです。それはなぜかというと「使用するうちに変わる」からです。「何が……?」と思いますか?

答は「全部」です!一般のテニススクールでは数カ月に1度というスパンでニューボールに切り替えますが、週末のテニスクラブでは「その日に使い切り」としている方が多いようです。それくらい「変わっちゃう」んです。

ボールの規定

テニスというゲームには面白い拘りがあります。テニスのルール全般に貫かれているのが「つねに同じようであること」です。ラケットではトリッキーなショットが出ないように規制され、ボールではつねに同じようにバウンドすることが求められます。

なんか矛盾してますよね……コートサーフェスが「ハード」「クレー」「天然芝」であんなに違うのに、道具だけ「つねに同じように」って。でもまぁ、「せめて道具は同じで」ということかもしれません。

公式国際大会では、おもに「7・9・9……」ゲームごとにニューボールに総入れ替えします。その間にボールは激しく叩かれ続け、「コアゴムのへたり」「内圧低下」や、フェルトのちぎれによる「大きさ変化」「空気抵抗変化」「重量変化」が起こります。数字で計測すれば、微細な変化かもしれませんが、テニス……とくにハイレベルな状況では、わずかな違いが大きな結果の差を生むことになるのです。最初くらい厳格に規定して、ボールチェンジを繰り返すことでクオリティを維持しようってわけですね。

公式国際大会

さて、国際テニス連盟(以下ITF)では、公式試合で使用できるボールに対する細かい規定があります。一般テニスボールの種類は4タイプに分けられます。
・タイプ1:高速系ボール
・タイプ2:中速系ボール
・タイプ3:低速系ボール
・タイプ4:高地仕様ボール(高地がある国で販売)
とあり、ダンロップでは、【DUNLOP HD】などがタイプ1に属し、【FORT】【AO】などがタイプ2に分類されます。タイプ3というのは、タイプ2を7%ほど大きな直径サイズにしてラリーが続くようにしたボールで、日本では販売されていません。また高地仕様は、標高が高い土地では気圧が低く、通常のボールでは飛びすぎてしまうため、反発性を10%ほど下げたもので、地域限定で使用されるものです。

一般テニスボールの種類

各タイプのボールは「ITF規格」において、「重量」「直径サイズ」「バウンド高さ」「変形値」など数値的な許容範囲が細かく決められていますが、「細かく」というわりにけっこうな許容範囲の幅があります。

たとえば直径サイズの最小値と最大値には「約3mm≒約5%」、バウンド高さでは「12cm≒約9%」の範囲が認められており、数値的には小さく見えても、実際の使用感ではかなりの違いになります。

2. 国際規格よりはるかに厳しい自主規格を課す

市販されるほとんどのテニスボールは、この基準を満たしているはずですが、その幅の中でも機種ごとに偏りの特徴があります。直径が小さめのもの、バウンドが低めのものなど、規定内ながらも偏りがあり、しかも製品の誤差幅がけっこう広かったりします。

国際規格ルールでは、ボールの縦・横・上下の3軸方向に8.165kg(18ポンド)の圧力をかけたときの変形量が0.560〜0.740cmの範囲と定められていますが、これはけっこうな許容量で、計測データを見ると、「これでは同じボールとは言えんだろ」というものも実際にあります。

モノ作りに対して真面目な日本の中でも、ダンロップは「自らの規制」をきわめて厳しく設定しています。「同じ名前が付いたボールは、徹底的に『同じ』でなければならない!」と、厳格な姿勢で検査し、ダンロップ規格を満たさないボールは、外されてしまうのです。

国際規格ルール

【ダンロップフォート】は、こうして信頼を勝ち取ってきました。国際規格よりもはるかに厳しい規格を課しているダンロップのテニスボールは、世界でも一級の正確さを誇るもので、これは日本人として誇ることができるものです。

3. 数値は同じでも打球性能・打球感覚が違うのはなぜ?

ボール性能の最終的なチェックは、実際にボールをバウンドさせて行ないます。国際ルールでは「コンクリートのような硬い平面に254cm(100 inch)から落して、135cm〜147cm(53〜58 inch)のバウンド」と、なんと12cm(5 inch)もの許容幅があります。

この範囲であれば「合格」となるわけですが、これは「落しただけ」です。ミニテニスでのボレーvsボレーくらいのインパクトスピードでの確認でしょう。でも、実際はどうですか?一般競技系プレーヤーのインパクトスピードは、だいたい「時速130km」ほどと言われています。これは落下テストの5倍以上のスピードで叩かれるのです。プロプレーヤーとなれば、それよりもはるかに高速……。

自由落下で12cmもの許容幅があると、実際にボールを打ったときには「かなり違う」こともあります。「現実のインパクト」では、ボールははるかに強く叩かれ、ボールは大きく変形してから元に戻ろうとします。また、そのボール変形も非常に高速であるといえます。

落下テスト

この「変形の度合い」が打球感に大きく影響するのです。「圧力をかけたときの変形率」(「落したボールのバウンド率」も含めて)を『静的変形→復元』とするなら、「実際の打球時における変形→復元」を『動的変形』と言えると思います。例えば、テニスボールがストリングに接触している時間は、3/1000秒〜5/1000秒といわれ、そのような短い時間(高速度)でボールが変形し、復元しているといえます。

これはストリングにもあることで、張られているストリングの面圧やテンションを機器で計測したものは「静的テンション」。打球時に発生する伸縮現象を含むものを「動的テンション」と考えるのと同様です。

あくまで極端な例ですが、同じバウンド率に調整された「硬式テニスボール」と「ソフトテニスボール」があるとします。10フィートの高さから落しただけでは同じもののように見えますが、実際に打ったときには、まるで違う打球感です。変形のしかたもまったく違います。

こうした違いが、硬式テニスボール同士の中でもあるのです。「静的変形」がまったく同じ数値でも、打球感が柔らかいものと、硬く感じるものがあり、これは「動的変形」が異なるからといえます。

これは「ゴムの粘弾性」という要素に関わってきますが、それを理解してもらうまで説明するには、このコラムの5倍くらいの文量が必要なので、今回は「はしょって」いきます。

理想は実際の打球環境での反発性能を確認することですが、この状況を正確に再現できるチェックシステムがないため、ルール上は、この古式ゆかしく、(業界では)広く普及している「静的テスト」に頼るしかありません。

静的テスト

ただダンロップでは、もっと現実的にボール性能と向き合っています。まず規定の静的チェックでは、ルール上の規定幅よりも、狭く厳格な規定を設け、バウンドの確認も「目測」ではなく、バウンド状態をビデオ撮影し、画像処理システムを用いることによって厳密に分析検査しています。

狭く厳格な規定

また高速度で使用するゴム製品のタイヤが主要商品である「住友ゴム」ですから、粘弾性についても深く追求し、低速インパクトでも高速インパクトでも、確実な数値を確保しながら、最適な打球性能・打球フィーリングに仕上げるため、いまなお研究を続けているのです。

4. ボールの中に「水がある」ことが大切って???

ベーシック編で、2つの半球を貼り合わせてボールコア作る工程には「ケミカルインフレーション」と「エアインフレーション」という方法がある……という話をしました。ダンロップでは、モデルによって両者を使い分けています。それぞれに製法的利点があり、各モデルに最適な製法を取り入れています。

ときどき雑誌やWEBなどで「ケミカルインフレーションはコアボール内に、化学反応しきれなかった錠剤が残ってバラツキがあるが、エアインフレーションは均一圧力環境内で張り合わせるため、バラツキがない」と説明しているのを見かけます。

これは大きな誤解です。この工程でもっとも大切なのは「精度のコントロール」です。エアインフレーションではチャンバー内にあるボールは気圧が統一されますが、何度作ってもつねに完全に同じ気圧をかけることができなければ、同じボールにはなりません。ダンロップは、工程管理と設備の工夫による、圧力の厳密コントロールこそ命と考えています。

エアインフレーション

いっぽうケミカルインフレーションですが、現在のダンロップでは「錠剤」は使っておらず「水溶液」で反応させています。錠剤が残るなんてことはありません。コアボール内部での反応にバラツキがないよう、緻密な計算の元に水溶液の量をコントロールしていますから、「バラツキが多い」などということはありません。

ケミカルインフレーション

具体的には、水溶液は所定の濃度に制御したものを使用します。最終的にはこの水溶液重量を精度良く計量する必要があります。体積を精密に計量することができるディスペンサーを使用しますが、工程の環境温度を計測し、水溶液温度とその比重計算に基づいて、水溶液投入の重量を同じ値になるようにコントロールします。

最後の壁としてダンロップ基準の厳しいチェックがあります。ダンロップは終始「同じ」であることに拘り、そのためにあらゆる条件をコントロールしているのです。

また水溶液同士のケミカルインフレーションは、副生成物にも水があり、この「水がある」ことがメリットを生み出します。コアボールのプレス時には、100℃以上の高温で加熱・反応させます。このときコアボール内には飽和蒸気圧が、室温時の数倍の圧力に上昇します。ボールは内部から高圧でプレス型に押し付けられることになり、ゴム製コアボールあるいは接着部分に小さなボイド(気泡)が含まれていたとしても、この高い圧力によってボイドを消し去る効果が生まれます。

みなさん、わかりますか?

【ダンロップフォート】は60年もの歴史を持つベテランモデルです。でも古いわけではありません。「変わらないために、変わってきた」のです。最新のボール製造技術が、多くのプレーヤーに愛されるボールを支えているのです。筆者は、この原稿のため、多くの資料から学び、技術情報について詳細なロングインタビューをさせていただきました。こうして書き終える今、誇り高き「ダンロップイズム」と、それを守り続ける技術者たちに心からの賛辞を贈りたいと感じています……(終)

変わらないために、変わってきた
松尾高司
松尾高司氏

おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー。
「厚ラケ」「黄金スペック」の命名者でもある。
テニスアイテムを評価し記事などを書くとともに、
商品開発やさまざまな企画に携わってきたプロフェッショナル。