ダンロップ ストリンギング エキスパート 座談会 その1

『張り』を究めるプロフェッショナルの「在るべき姿」とは・・・・・・

今回は特別版として、ダンロップの新しいストリンギングチームともいうべき【DUNLOP STRINGING EXPERTS】の座談会という形で、お話を伺ったことを紹介します。基本的なテーマに対して、お考えのことを話していただくというスタイルで進めます。彼らの談話の中から、「張り」「ストリンギング」ということの大切さを感じ取っていただければ幸いです。

吉岡輝彦山内大志青木宏

ストリンギングをする際に気を付けている事や、独自の考えについてお教えください。

山内大志氏:

まず受付けでお客様とよく話し合って、可能な方法を探っていくことを心掛けます。お客様の要望を可能なかぎり実現してあげようと努めるのが本物のプロフェッショナルなストリンガーだと考えています。

「張りは学生アルバイトの仕事」というお店もあり、そういうお店では張り代は「時給」ですが、プロのストリンガーは「技術料」として頂戴します。

我々「張りのプロフェッショナル」は、お客様が使いたいという要望に合わせて仕事をできますし、お客様の理想の実現(どうやってもできないことは無理・・・とご理解いただいたうえで)のために、最善の努力をします。そのかわり、自分の張りに対する評価をそのまま突き付けられるわけですから、つねに失敗は許されない真剣勝負でもあります。

吉岡輝彦氏:

まずは丁寧に張ることです。時間をかけてゆっくり張るということが「丁寧」ということではありません。まず注文時に「ラケットを細かく確認する」ことが必要です。バンパーに破損があったり、グロメットが欠けていないかなどをよく確認して、受付時にお客様と相談して対策を決めることです。細かい部分も見落としがないように確認し、お客様が納得した張り上がりを提供できるように心掛けます。

お客様は千差万別で、使用環境や満足度も違うため、あらゆるお客様の要望に応えられるよう、自分のノウハウのなかにたくさんの引出しを用意して、どれを使うべきかを考えて対応します。ですから、お客様によって張り方・仕上がりも多様になります。

細かいことを言えば、ストリングを張り終え、マシンからラケットを外す段階で、すでにほとんどのストリングが真っ直ぐな状態に整っているのがいいと考えています。外してから目直し(ストリングの曲がりを直し、真っ直ぐきれいな状態のマス目に整える作業)にかける時間が少なくて済みますし、そこに時間を費やすことはテンションロスの原因でもありますから、張り上げていく段階で目直しをしながら進めるのがいいと思っています。

対談風景

青木 宏 氏:

ストリンガーというのはそれぞれに考えがあって張っているし、その優劣をお客様が明確に感じるということはないかもしれません。でも自分としては、ストリングや張り方、マシンについても、あらゆる情報を取り入れて、いろんな状況に対応してベストな仕上がりを提供できるよう、自分のスキルをつねに磨き上げておく努力を続けています。もちろん、お客様がその成果や特別さを感じてくださることを願って仕事をしていますが、たとえそれがなくても、すべての張りに対して全力で向かい合う姿勢を守っています。

お客様がとても気にされることの一つに「張り代」がありますが、極端に安いお店もあります。忘れてほしくないのは、ストリンガーの仕事は「張り」だけではないということです。お客様が知るよりも、はるかに深く、細かく、ときには裏の裏までストリンガーは知っているということです。各ストリングの特性や、ラケットとストリングとのマッチングなど、いろんな相談に答えられるのは熟達したストリンガーです。我々プロのストリンガーには、それ以上に大きな活用方法があることを知っていただきたいです。

張りパターンによる仕上がりの違いや、それぞれの使い分けについてお教えください。

対談風景

山内大志氏:

大きなトーナメント会場ヘ行って張る場合には、「いつも地元ではこうして張ってもらっているので、それと同じように張ってほしい」というリクエストはあります。一方、自分の店では、お客さんのリクエスト次第で、1本張りがいいという方には「アラウンド・ザ・ワールド(ATW)」という張り方で張りますし、地方のトーナメントに出場することが多い方などは逆に「会場で張ってもらう場合は2本張りが主流なので、日常をそちらに合わせて張ってほしい」というケースもあります。

ですから我々は、どんなリクエストを受けても、ハイクオリティな張り上がりを実現できるようにしておかなければならないということですね。

吉岡輝彦氏:

自分のお客様に対しては、こと細かいリクエストに応えて張ります。でもトーナメントでは違います。私は全日本室内学生選手権で20年間、オフィシャルストリンガーを務めてきており、じつは今年、張りにくるすべての選手に「いつもどうやって張っているか?」と質問してみました。するととても多くの学生が「部室で自分で張っている」「後輩が張っている」「1本張りにしている」と答えました。トーナメント会場では、複数のストリンガーが張ることが多いので、張り方に関する基本的なルールというのを決めます。

その一つが「2本張り」なんですが、いつも1本張りしている選手には同じように張ってあげるのがいいんじゃないか?そのほうが実力を発揮しやすいんじゃないか?そんなふうにも考えますが、上質な張りをトーナメント張りで体験してほしいという気持ちもあり、ジレンマではあります。

青木 宏 氏:

僕はストリンガーとして「この張りがベストだ」といった固定的なものは持つべきでないと考えています。プロは「どんな張り方をしても、同じように仕上がらなければならない」と考えているので、「ATWがいい」「いや2本張りだ」「横糸は上から順に張るのがいい」「そうじゃなくて下からだ」という問答するストリンガーは少なくありませんが、個人的には「下からでも、ちゃんと考えて張れば、上から張るのと同じ仕上がりになる」と考えていますから、どれがいいということはありません。

張り方のそれぞれに利点があり、お客様の要望や、ラケットフレームの個性によって選ぶこともあります。状況に応じていろんな選択ができる・・・・・・それがプロに任せる「価値」だと思います。

プロのストリンガーとして「在るべき姿」とはどんなものでしょう?

山内大志氏:

張りという仕事には「これがゴール!」というものがありません。つねに疑問を持ち、それを一つずつクリアにしていくという気持ちを持っていなければなりません。ときに「これがベストの方法だ!」と信じ込んでしまう人がいますが、それはその人なりの思い込みであって、いつも「よりよいものをお客様に提供するために」という姿勢で、探求し続けるのがプロのストリンガーだと思います。

対談風景

吉岡輝彦氏:

ラケットもストリングもマシンも、毎年、新しいものが発売され、未経験なものに対応していかなければなりませんが、初めてのものに対して、先入観を持たずにトライしてみて、その結果を客観的に捉え、自分なりの対応法を生み出して準備しておくことがプロの努めだと思います。人の意見やさまざまな情報に耳を傾けつつも、無垢な状態で「自分で試すこと」が大切です。

また、絶対にできないことを除いて、「できません」という言葉を口にしてはいけないのがプロです。そのためには、自分の中にたくさんの引出しを用意しておいて、状況に応じて、どの引出しを開ければいいか・・・あるいはどれとどれを組み合わせればいいかを的確に判断し、お客様のあらゆるリクエストを実現できるようにするのがプロフェッショナルと信じます。

青木 宏 氏:

プロのストリンガーというのは、何を訊かれても「自分の意見を、自分の言葉で説明できる」ようでなければなりません。どこかの名人がやっているから真似してるだけとか、ある情報を信じてやっているだけとか、そういうことではプロとは言えないでしょう。たとえきっかけは真似であっても、その方法を実際に自分でやってみて、自分なりに評価し、ベストがどれであるかを精査することで自分の技術にして、それを言葉にすることができるのです。

どんなものに対してもオールマイティーなやり方などなく「ストリングが変われば」「ラケットフレームが変われば」「ストリンギングマシンが変われば」、そして「使い手が変われば」、アレンジの方法が違ってくるので、それらを総合的に判断してベストな結果に向かっていく・・・・・・それがプロなのだと思います。

対談風景
松尾高司
松尾高司氏

おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー。
「厚ラケ」「黄金スペック」の命名者でもある。
テニスアイテムを評価し記事などを書くとともに、
商品開発やさまざまな企画に携わってきたプロフェッショナル。