2026/09/30

ダンロップメッセンジャー 2026 9月号 小ネタコラム

いつもダンロップ並びに弊社テニス用品をご愛用いただき、誠にありがとうございます。
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いまから45年ほど前の1980年代って、世界的な大テニスブームが起こって、現代ラケットの黎明期と言える時代でした。

1920〜1930年代は、ラコステ、コシェ、ボロトラ、ブルニヨンの四銃士が活躍した「フランステニス革命期」。1960年代は、レーバー、ローズウォール、ニューカムらによる「オーストラリア黄金期」。そして1970年代は、ボルグ&コナーズにマッケンローが絡む「パワーテニス時代」に突入しますが、ここまでが「ウッドラケット時代(コナーズのスチール製は例外)」。

そして1980年代から、現代につながる「カーボン製ラケット時代」が始まります。テニスにパワーとスピードが降り注ぎ、エドバーグ、アガシ、ベッカー、サンプラスと、個性的なプレースタイルが濫立して、明確に個性の違うアイデンティティの対決が、多彩な広がりを生み、世界じゅうのファンを興奮させ、楽しませてくれました。

それもこれも「カーボンのおかげ」と思うんです。ラケットが急激に進化してくれたことで、「それまでできなかったことが可能に」なり、プロテニスに迫力が増すと同時に、一般プレーヤーのテニスも一気にレベルアップしたのです。いまや、カーボンなしにテニスは存在することができない……いや、カーボン繊維なくして、宇宙、航空、自動車、船舶の未来はないというのが現実です。

カーボンは重量あたりの強度において「鋼鉄の10倍の強靭さ」を誇り、比重は「鋼鉄の1/4〜1/5」という軽量さ。金属疲労による劣化がないという利点に、成型自由度の高さが役に立って、いろんな形状のラケットが世に送り出しされてきました。

さて、みなさんは、その礎が「日本」にあったことをご存じでしたか?今日のラケットにおもに使われているカーボン繊維は、1959年に「工業技術院大阪工業試験所」の進藤昭男博士によって、高性能な炭素繊維の製造技術が発明されたことから発展したものです。その技術はさらに向上し、東レ、帝人、三菱ケミカルといった大企業を育て、実用化の波紋をどんどん広げてきました。いまやカーボン繊維において世界の最先端を走り続けるのが日本企業であることは、紛れもない事実なのです。

極端に言えば、「世界のテニスラケット製造を支えているのは日本」ですよ。どうですか、みなさん……それを知ると、なんだか胸を張りたくなるでしょ!

ところで、カーボンってなんでしょう?簡単に言うと「繊維が焼け残った黒いカス」ですが、原料となる繊維を蒸し焼きにしてから、ある状況で高温焼成すると「炭化」が起き、純度の高い「炭素の結晶」ができます。それがカーボン繊維です。理屈は「備長炭」をつくるのと同じですね。

テニスラケットに使われるのはアクリル繊維の原料であるポリアクリロニトリル(PAN)を高温で焼成して作られる、軽量で高強度な炭素繊維で、原材料から「PAN系カーボン」と呼ばれます。引っ張り強度・曲げ強度の両方に優れた特性を持つのですが……「しなる・軽い」から連想する素材といえば、我々日本人には馴染み深い「あれ」を思い出しませんか?そう!「竹」です。

ウィンブルドンの第3回大会があった1879年、世界を一変させる革命的大発明がありました。エジソンらが白熱電球を発明し、京都・石清水八幡宮の竹を炭化したものをフィラメントに採用したことで「1000時間以上の連続点灯」(つまり実用化)に成功しました。ウィンブルドンが始まったときの最先端照明器具が「ガス燈」であったことを思うと、まさに革命的大発明。今日、世界の夜に光を配ったのは、「エジソンと日本の竹」だったのです!

さらに1991年、夢の素材と呼ばれる「カーボンナノチューブ」を発見したのも、日本の飯島澄男博士です。カーボン繊維と日本には驚くほど深いつながりがあります。こんなこと知っていても何の役にも立たないだろうけど……スゴいでしょ、ニッポン!

松尾高司氏

松尾高司氏

おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー。
「厚ラケ」「黄金スペック」の命名者でもある。
テニスアイテムを評価し記事などを書くとともに、
商品開発やさまざまな企画に携わられています。
また「ダンロップテニス」のサポーターも務めてもらっています。