2022/05/03

選手

ケビン・アンダーソン選手が引退を発表~ダンロップとともに歩んだ8年間を振り返る~

アンダーソン選手との出会いは2013年。ダンロップの担当者が、まだまだ粗削りだが伸びしろのある選手ということで目を付けたのが契約のきっかけでした。もちろんそれだけでは、契約には至りません。選手にとって一番大事な武器であるラケットがうまくフィットするかどうかが肝でした。
当時スリクソンブランドで販売していた「REVO CX 2.0 TOUR 18×20」をテスト。破壊力(パワー)とコントロール性能、フィーリングが気に入り、アンダーソン選手と2014年シーズン最初から契約をスタートさせました(契約当時20位)。
心配していたラケット切り替え1年目の戦績は順調に推移し、ランキングも16位にまで上昇。グランドスラムではコンスタントにベスト16に入り、安定した実力を見せてくれていました。

2015年「USオープン」の前哨戦として位置づけられている「ウィンストンセラム・オープン」(アメリカ/ATP250)で優勝しました。2012年以来ツアー優勝がなかったアンダーソン選手が3年ぶりにタイトルを手にしました。スリクソンラケットに切り替えて初めての優勝でした。そのまま勢いにのったアンダーソン選手は、「USオープン」でも好調を継続し、自身初のグランドスラムベスト8入り(大会後12位に)。その後「上海マスターズ」(ATP1000)でも、ベスト8入りをし、念願のトップ10入りを果たしました。

しかし、ツアーで戦っていくのは、そう甘くはない。ここで、最大の障壁が訪れます。
2016年シーズン前に膝の調子を悪くし、あまり良い状態で戦えなかった「全豪オープン」。案の定、1回戦負けという最悪の戦績で2016年シーズンが幕を開けました。2016年3月、肩の怪我もあり、ついに手術に踏み切り、2,3カ月は過酷なリハビリに挑みました。
その年の5月、晴れてトーナメントに復帰したものの、なかなか勝利に結びつきません。前年戦績がよかったため、あっという間にランキングは急降下。2016年末ランキングは67位となりました。

2017年「全豪オープン」はスキップ。再びトレーニングと体作りに励みました。ラケットも2017年発売の「REVO CX 2.0 TOUR 18×20」に切り替え、術後1年ほどかけて少しずつ試合勘を取り戻し、徐々にペースをつかみ、勝利に結びつくようになってきました。
「全仏オープン」「ウィンブルドン」とベスト16入りし、弾みをつけハードコートシーズンに突入。「USオープン」前哨戦の「シティ・オープン」(アメリカ/ATP500)では、術後初のツアー決勝に進出し、準優勝。

シーズン最初に励んできたトレーニングの積み重ねもあり、サーブ力だけでなく、ストローク力も上げていました。粘り強さも格段に増し、「ストローク戦でも戦える選手」と言われるようになりました。1戦1戦勝利を積み重ね、自身初、グランドスラム決勝の舞台に。2017年に発売した「REVO CX」ラケットがグランドスラムの決勝へ!ダンロップ社員一同最高の瞬間でした。同期のR.ナダル選手に決勝で敗れたものの、辛く苦しい怪我のスランプから抜け出し、グランドスラム準優勝という成績を残しました。ランキングも一気に32位から15位にジャンプアップし、再びトップ10が見えてきました。

2018年シーズン序盤から好調を継続し、2月の「ニューヨーク・オープン」(アメリカ/ATP250)でツアー4勝目を挙げ、再びトップ10入り。3月に行われた「メキシコ・オープン」(ATP500)で準優勝を果たし、「マドリッド・オープン」(スペイン/ATP1000)でベスト4、「全仏オープン」でベスト16と好調を継続。

そして迎えた2018年「ウィンブルドン」。これまで「ウィンブルドン」ではベスト16が最高成績でした。
4回戦では苦手とするモンフィス選手に競り勝ち、ベスト8進出。
準々決勝では、昨年覇者でMr.ウィンブルドン、R.フェデラー選手との対戦に。セットカウント0-2ダウン。誰もがダメかと思いマッチポイントも握られました。ただそこからのアンダーソン選手が凄かったのです。ベースラインからの打ち合いでもフェデラー選手を圧倒。そしてついに私たちはその信じられない光景を目のあたりにすることになる…芝の王者フェデラー選手から勝星をつかみ取ったのです!フェデラー選手はこれまで芝で17連勝記録を保持していた絶対王者。アンダーソン選手のこのときの強さは光っていました。
準決勝では、J.イズナー選手を相手に過去2番目の最長試合記録(6時間36分)の死闘を繰り広げました。イズナー選手は今大会準決勝まで95ゲーム連続サービスキープをしていた屈指のビッグサーバー。そのイズナー選手に勝利し、テニスの聖地で決勝の舞台に立ちました。決勝戦ではジョコビッチ選手に敗れたものの、「ウィンブルドンファイナリスト」という称号を手に入れました。
大会後のランキングでトップ5入りを果たしたアンダーソン選手。ダンロップ・スリクソンとともに歩んできたこの5年間。ラケットとともに自身のプレーも進化させました。

2018年8月、ダンロップブランド価値向上の取り組みの一環で、「USオープン」開幕前のNYでお披露目イベントが開催されました。その翌月には東京で記者発表会を実施。「楽天ジャパンオープン」で来日していたアンダーソン選手にも出席していただき、発表会も盛り上がりました。

2018年10月にはツアー5勝目を挙げ、自身初の「ATP Finals」出場を確定させました。ブランドがスリクソンからダンロップへチェンジし、初タイトルでした。「ATP Finals」では、準決勝に進出しましたが、またもジョコビッチ選手に敗退となりました。

2019年1月にはツアー6勝目を挙げ、早くもダンロップのラケットで2勝目。
2020年1月から、所属が住友ゴム工業になり、ダンロップのアパレルを着用し、ダンロップブランドの看板選手として、活躍してくれました。このシーズンからランキングも厳しく、苦しい戦いの日々が続きましたが、2021年7月にツアー7勝目を挙げ、まだまだ頑張ってくれるであろうと思っていました。

そんな矢先、2022年4月、ダンロップの担当者にアンダーソン選手から1本の電話が入りました。
「引退したいんだ。なんで戦っているのかわからない。」「今コートに戻りたいという気持ちにもならない」という内容でした。2人とも泣きそうになりながら話しました。

「ダンロップにはすごくお世話になったから、ダンロップと一緒に引退のことを公表したい。」アンダーソン選手はそう言ってくれました。思いやりを大切にしてくれるアンダーソン選手。今思えばこういうアンダーソン選手の人柄もアンダーソン選手契約のきっかけでした。

引退後は半年ほど休養し、その間に今後についてのことを考えるというアンダーソン選手。第2の人生、もしテニスに関わるのであれば、もちろんダンロップとしては応援していきたいと思っています。ぜひテニスコートに戻ってきてほしいと思っています。
今までダンロップの看板選手として、たくさん活躍をしてくれたアンダーソン選手には感謝しかありません。
本当にありがとう。

彼の引退を聞いて大変驚いています。
昨年は復活のツアー優勝も果たし、また強いケビンが見れるかな?と思っていた矢先の出来事でした。ここ2年近くコロナ禍ということで、彼と一緒にあまり時間を過ごすことが出来なかったことは今となっては悔いが残るところです。

選手1人で毎日同じルーティンをこなすことはモチベーションを保つ上で大変な困難があろうことは想像に難くありません。ケビンも格下の相手に敗れた時や、自分の納得のいくプレーが出来なかったことも多々あったと思います。今回そんな状況も重なりモチベーションがぷっつりと切れてしまったのかもしれません。

これからはダンロップツアーチームのリーダーとして、引き続きダンロップを牽引していってほしいと思います。
これだけの選手に、もう自分は巡りあうことは出来ないかもしれませんが、ケビンに経験させてもらったことを引き継いでいくことが自分の責任だと思っています。

最後に、ウィンブルドン決勝の舞台に連れて行ってくれてありがとう!
チームのメンバーは皆ケビンを誇りに思っています。

住友ゴム工業(株) スポーツ事業本部 テニスビジネス部 ツアー・プロ担当 課長代理 戸田公平

契約書のサインを交わした直後の写真(2013年)

左から、アンダーソン選手の代理人を務めるスチュアート氏、選手担当の戸田公平、ケビン・アンダーソン選手。

生年月日:1986年5月18日(35歳)
プロ転向:2007年
「第5回USオープンスポーツマンシップ賞」受賞(2015年9月)
ATP選手会副会長(2016年9月~)
ツアー優勝:シングルス7勝(7勝のうち5勝ダンロップ・スリクソンラケット)、ダブルス1勝
グランドスラムの主な戦績:US OPEN(2017)準優勝、ウィンブルドン(2018)準優勝
その他:ATP FINALS 準決勝進出(2018)
キャリアハイランキング:5位(2018年7月16日)

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